大時計、黒いリリエンタール *1

八月、真夏の昼、正午
皺を寄せた眼差しに、掌を翳(かざ)して居ると
ひゅんと一翼、鴉が視界を横ぎった

二度羽ばたいては滑空し
二度羽ばたいては滑空する

黒いリリエンタールの飛翔は
太陽すら従えて泳ぎ、其の眩しさは
もはや人の届かぬ、孤高

みごとなものだ
揚力とエアの芸術―

逆光の中、我を失い、翳炎(かげろ)う街を
乾涸(ひから)びた、黒い軟体を晒し
揺れる、蜥蜴どもよ

灼炎の底、節度無く寝そべる
ペルシャンの毛波に乗った
虱どもよ

見るが好い

遥か、連山には脈打つ蒼き光が在り
階下の暗がりには、甘く切ない
愛猫の声が在る

秩序は真昼の天蓋に飽和し
凡ての単独行は其の陽射の中
蝉の泣き声に問い掛ける

光は、真夜中に昇った銀魚達の、骸(むくろ)
乾涸びて、綺羅〃と輝く―

そうだ
死すらも乾涸び
腐る間もない
永遠―

生は、汪溢するジャングルは幻視
其れは白い熱気の、"urbanism" の観た夢
停まった時間は歯止めを知らない

罵り合う声も、雑じり合う怒声も
家々の上、悠然と浮かぶ入道の足許、飲まれ
音の届かぬ宇宙へ

大時計の鐘が鳴る
遥かに時が聴いて居る

静寂の中、滑空する孤高の
ゆらりと着地するのは
たぶん月光の頃


*1) リリエンタール : オットー・リリエンタール( Otto Lilienthal / 1848-1896): 19世紀末に「滑空王」と呼ばれた男。グライダーを製作し初期の航空工学に貢献した。 1896年8月9日、飛行実験中に風に煽られバランスを崩し墜落。その際に背骨を折り、翌日、48歳の若さで死んだ。


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